01.池田 匡克 「イタリア風土記 Numero 2」

イタリアな一日

 わたしが住むフィレンツェという町は暗黒の中世という扉を開いたパラダイム・シフト、ルネッサンス発祥の地であり、おそらくは世界で最も美しい町のひとつだと信じているが料理もまた個性的で一筋縄ではいかない強烈なラインナップがそろっている。フィレンツェ料理はクチーナ・ポーヴェラ=貧しい、あるいは質素な料理といわれている。

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02.池田 匡克 「イタリア風土記 Numero 2」

それはルネッサンス当時ヨーロッパ屈指の裕福な都市でありながら支配者メディチ家の家訓として倹約を旨としたフィレンツェ人の気風に相通じるものがあり、現にメディチ家の居城であったカヴール通りのメディチ・リッカルディ宮殿は堅牢ではあるけれど華美ではない。クチーナ・ポーヴェラとはよく貧しい料理とも訳され、例えばリボッリータという料理がその代表例とされているが、これは固くなったトスカーナ・パンを野菜や豆と一緒に煮込んだ具沢山のスープで、パンは捨てない、野菜の切れ端も捨てない、という倹約精神の権化のような料理である。

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03.池田 匡克 「イタリア風土記 Numero 2」

クチーナ・ポーヴェラとは貧しい、ではなく質素な、あるいは倹約した料理、と呼ぶのが適当なのだと思う。それは元々が王族に生まれた訳ではなく、幾度となく政権交代を経験したメディチ家とそのシンパたちが身につけた生存本能「控えめなる存在感」ゆえに生まれた料理。リボッリータなどはいわば水で茶漬けを食うのに似た倹約料理だが、たとえ華美ではなくても美味を追求するのが商人たるフィレンツェ人が生まれ持ったDNAなのではなかろうか。

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04.池田 匡克 「イタリア風土記 Numero 2」

ある意味フィレンツェは気候も歴史も人柄も京都によく似ていて、実際現在両都市は姉妹都市である。盆地の中央に開けた町の中央を川が流れ、夏蒸し暑く冬寒い。すると料理もどこか似てくるのであろうか。
同じく固くなったトスカーナ・パンを使った料理にパッパ・アル・ポモドーロがあるが、これはパンをトマトで煮込み、気分によってバジリコやモッツァッレラなどを入れる倹約家庭料理の代表だ。

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05.池田 匡克 「イタリア風土記 Numero 2」

面白いことにイタリア人は家庭で食べる料理と外で食べる料理がほとんど一緒であり、日本人のように今日は中華、明日はフレンチという思考はあまりない。フィレンツェ人が家庭でも外でも口にするのは徹頭徹尾フィレンツェ料理であり、現にフィレンツェにはトラットリアは何百件と存在するが、電話帳をめくってもフランス料理店はおろかピエモンテ料理、シチリア料理など他の地方の郷土料理店を見つけるのさえきわめて困難である。

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